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「ツバキさんが、どうしても明日の儀式で、アヤメさんの着物が着たいとおっしゃっているのです」
「……私の着物を?」
「はい。アヤメさんのいつも着ている赤い着物を着て、山神様の元へ行きたいと」
アヤメは清次郎をじっと見つめた。
彼の瞳が、かすかに揺れ動くのが分かった。その瞬間、アヤメの全身が、ぞわぞわとざわめき立った。
(……清次郎さま……まさか……)
返事をしないアヤメに、畳み掛けるように清次郎は続けた。
「大好きな妹と、神の世界へ旅立った後もつながっていられるように、とツバキさんは言っていました。私には、この彼女の願いをかなえてあげることしかできないのです。お願いできますか?」
彼の必死な思いが、アヤメに流れ込んできて、首を絞め上げられているように苦しくなる。
あなたは、やはりツバキしか見ていない。
私ではなく、ツバキのことしか考えていない。
私の着物をツバキに着せて、どうしようと言うのですか?
ツバキを“アヤメ”だと、周囲に思い込ませて、どうしようと言うのですか?
そして、それを私に言うのですね。
ツバキを連れて逃げる手伝いをしてくれないか、と。
ツバキの代りにお前が死んでくれ──と。
「わかりました」
アヤメはにこりと微笑んだ。
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