10 寒椿

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 アヤメはすぐに追いかけると言っていた。だから、直久はツバキの手をひっぱり、屋敷を取り囲む高い鉄柵の外に出たところで、彼女を待つことにしたのだ。  アヤメは先に山小屋の老婆のところへ、ツバキを連れて行けと言っていたけれど。アヤメのことだって、直久は心配なのだ。 (それにしても、オレをここに呼んだのは、本当にツバキちゃんだったんだろうか?)  直久の知る結末は、ツバキが絵描きと駆け落ちし、銃殺されるというものだ。  だからそれを阻止し、ツバキを無事に逃がせば、自分はもとの世界に帰れるにちがいない。そう思ってここまでやってきた。    本当にそれでいいのだろうか? (なんか引っかかるんだよなぁ~。……よし、落ち着いて最初から考えよう。今はカズがいないけど、オレだっておんなじDNAだ! やればできるはずっ! 多分! きっと、おそらく!)  こと頭脳面においては、驕らず、謙虚に、自分を過大評価しないところが直久のいいところだと、言う人もいるにはいる。しかし、今はその知能に頼るしかないのも事実。直久は、自分を励ますよう、大きく息を吐いた。 (オレがここへ来たのは、悪霊のせいだ)  悪霊が、自分の体内に入り込んだのは分かった。その時に、感じた強い感情は、“悲しみ”と“孤独”。  怒りや、妬みではなかった。悪霊は、誰かを恨んでいるというわけではなさそうだ。  もしかして、きっと悪霊は、この時代、つまり自分が生きていた時に感じていた苦しみを無限にループするように味わい続けているのではないだろうか。    だって、過去にタイムスリップするなんて、そうそうあることじゃない。そんな映画や小説みたいなこと。
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