10 寒椿

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  (たぶん、これはタイムスリップじゃなくて悪霊の記憶なんじゃないか?)  悪霊は、この悲しみの無限地獄から抜け出したくて、助けを求めていたのではないだろうか。    ずっとずっと。直久たちがペンションを訪れる日までずっと。助けて、助けて。そう訴え続けて。  では、そうだとして。  誰が悪霊になったというのだろう。いや、どちらが、というべきか。   自分たちはずっと、生け贄になるはずであったツバキが悪霊になったものだと思っていた。それは本当に正しいのだろうか。  ツバキが生け贄になることを嫌がり、恋に落ちた絵描きと逃げ出す。そして、その駆け落ちの途中で射殺。生きたくても生きられなかったツバキは、全てを怨んで悪霊になる。  それが和久やゆずるが考えていたシナリオだ。  けれど、直久の知っているツバキは生け贄になることを嫌がっているようには、これっぽっちも見えない。そればかりか、生け贄になるのを心底楽しみにしているようで、今だって、「早く雪を見たら帰りましょう」と何度何度も、うるさいぐらいだ。  だから、直久にはどう考えても、ツバキが恨みを晴らすために悪霊になるとは、考えられないのだ。    一方のアヤメは、双子の姉が生け贄にされることをずっと気に病んでいた。それを止めたかった。でも止められない。どうしていいか分からない。それで、ツバキを逃がすことにした。というところだろうか。    これまた、アヤメが悪霊になる要素は見つからない。 (でも、よく考えたら、アヤメさんはどうなったんだろう)  “最後の生け贄”のツバキに、双子の妹がいたことは、現代まで伝わっていなかった。そもそも、結局、生け贄の儀式は行われたのだろうか。行われなかったと、八重は言っていたが……。
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