10 寒椿

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 いや、違う。八重は儀式については明言していない。ツバキの肖像画の前で、彼女が最後の生け贄になる‘予定’だったと言っただけだ。  だと、すると、儀式は行われたのかもしれない。ツバキ以外の少女の犠牲のもとに。 (まさか、アヤメさんがツバキちゃんの代りに、生け贄にされたなんてことは……!?)  つまり、こうだ。運悪く、ツバキが逃げたことがすぐにバレて、逃がしたアヤメが捕らえられる。そして、アヤメが代りに生け贄とされ、ツバキはツバキで逃亡に失敗し殺される。これが過去に起きた出来事だったのではないだろうか。  もし、自分の考えた通りだとすると、アヤメはもう捕らえられているのではないか。  そして、何も知らず、ずっと生け贄を心待にしていたツバキと違い、“死”を知っているアヤメが、無理矢理生け贄にさせられたら、それこそ悪霊になるほどの苦しみを生むのではないだろうか。  直久は、自分の出した結論に、ぞっとした。 「ってことは……やっべぇっ!!」  勢いよくツバキを振り返った。そして、すでに足を走らせながら、叫ぶように言い放つ。 「ここにいて! すぐに戻るから待ってて!! 絶対にここを動いちゃだめだからね、いいねっ!?」  ツバキの呆然とした顔が、不安を呼ぶ。  けれども、直久は全力で屋敷の方へと急いだ。今はアヤメのほうが優先だ。だから、後ろを振り返ることなく。必死に走った。自分の後をツバキがついてきていることも知らずに────。    
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