10 寒椿

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  ◆◇  やっと広い裏庭を抜け、裏門が見えてきたところで、アヤメの手を引いていた清次郎の足が、不意に止まった。辺りは闇に覆われ、降り積もる雪の音だけが、アヤメにはやけに大きく響いて聞こえた。  どうしたというのだろう。  この門を抜ければ、自分たちは自由。  もう、この家からも、生け贄からも束縛されない、夢のような世界が広がっているというのに。  アヤメは清次郎の行動を理解できずに、首をかしげ、清次郎を見上げる。彼の顔から明らかな戸惑いを感じた。  何をいまさらためらっているのだろう。まさか、追われる身になるのが怖くなった、とか言うのではあるまいか。  一瞬の不安がよぎり顔を曇らせるアヤメを、清次郎はじっと見つめた。そして思いもよらぬことを口にした。 「あなたはツバキじゃない」  その言葉はアヤメの心臓を一瞬で止めるほどの威力があった。  自分を取り巻く世界の全てが凍りつき、音までもが雪にかき消されたように感じた。  彼を振り向いた瞬く間の自分の動きですら、自分のものでないような感覚。  永遠とも感じる、無の時間が雪とともに降り注いでくる。  どうして?  なんで?  わかるはずない。自分だって鏡を見るように、そっくりだと思った。気持ち悪いほど、同じだった。全てが同じだったのよ。
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