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◆◇
やっと広い裏庭を抜け、裏門が見えてきたところで、アヤメの手を引いていた清次郎の足が、不意に止まった。辺りは闇に覆われ、降り積もる雪の音だけが、アヤメにはやけに大きく響いて聞こえた。
どうしたというのだろう。
この門を抜ければ、自分たちは自由。
もう、この家からも、生け贄からも束縛されない、夢のような世界が広がっているというのに。
アヤメは清次郎の行動を理解できずに、首をかしげ、清次郎を見上げる。彼の顔から明らかな戸惑いを感じた。
何をいまさらためらっているのだろう。まさか、追われる身になるのが怖くなった、とか言うのではあるまいか。
一瞬の不安がよぎり顔を曇らせるアヤメを、清次郎はじっと見つめた。そして思いもよらぬことを口にした。
「あなたはツバキじゃない」
その言葉はアヤメの心臓を一瞬で止めるほどの威力があった。
自分を取り巻く世界の全てが凍りつき、音までもが雪にかき消されたように感じた。
彼を振り向いた瞬く間の自分の動きですら、自分のものでないような感覚。
永遠とも感じる、無の時間が雪とともに降り注いでくる。
どうして?
なんで?
わかるはずない。自分だって鏡を見るように、そっくりだと思った。気持ち悪いほど、同じだった。全てが同じだったのよ。
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