10 寒椿

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 この人は絶対に私には微笑みかけてくれないのね。  一緒にいても、私を見てくれないのね。  目の前にいるというのに、私を通してツバキを見ている、いつも、いつも……これからもずっと。 「僕が愛しているのは、あなたじゃなくて、ツバキなんです」  悔しさに唇をかみ締めていたアヤメに、駄目押しのような清次郎の一言は大きかった。アヤメの嫉妬に油を注ぐ。 「だから! 私がこれからツバキとして生きるわっ! どうして私じゃだめなの!?」 「……違いますよ、アヤメさん。あなたがだめなんじゃない。僕がだめなんです。ツバキじゃなきゃ、だめなのは僕なんです」  アヤメは頭を殴られたような衝撃を受けて立ち尽くした。  そんな……。  どうして……。 「だから……私がツバキになるって……言っているじゃない」  ぽたり、ぽたり。大粒の涙が、アヤメの足元の雪を溶かしていく。 「……すみません、ツバキを迎えに行きます」  清次郎がゆっくりと体の向きを変える。 「まって……清次郎さま!」  
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