10 寒椿

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 直久はぎょっとした。清次郎がアヤメから手を離し、駆け出す。その様子を目で追うと、息を切らしたツバキの姿が目に入った。 「な、ちょっと、ツバキちゃん! 何で来たんだよ!!」  直久が、どうやら彼女は自分の後をずっと追いかけてきたのだと、気がつくのにそう時間はかからなかった。  だが、やっぱり幼児と一緒で、一人で留守番なんてできるはずないよね、とも、納得せざるを得ず、がくりと肩を落とした。 「ツバキ!」  清次郎は実に嬉しそうな顔で、ツバキを抱きしめようとした。だが、その伸ばされた彼の腕を、ツバキは拒絶する。そして、アヤメを見て言った。 「どうしてここに?」 「…………」  直久はぞくりとした。ツバキが怖かった。彼女の顔が怒りに満ちているからではない。無表情だからだ。  あんなに今まで、ころころと表情を変え、笑ったり、不思議がったり、直久を心配そうに覗き込んだりと、表情豊かだった彼女の今の顔から、なんの感情も読み取れない。まるで、人形のようだと直久は思った。
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