10 寒椿

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  「アヤメさんを見つけてくれる、たった一人の誰かが、必ず現れるから。その時に、アヤメさんがアヤメさんとして、胸を張って生きていなきゃ。『これが私なのよ。何か文句ある!?』って」  どんなに、他人に嘘を突き通して自分を偽ったとしても、自分だけにはその嘘を隠すことはできない。  自分は自分。  他人にはなれないのだから。 「やめようよ。オレもやめるから、一緒にやめよう。自分に嘘をつくのは。まわりに認められようと頑張って、自分を押し殺すのは」  直久は空を仰いだ。アヤメもつられたように天を見上げる。その瞬間に、彼女の瞳から一筋のキラキラとした涙が零れ落ちた。 「自分をもう少し好きになってやろうよ。オレは弟みたいに人を救う力も無い。頭も悪いし、一族からはゴミかお菓子のおまけみたいな扱いさ。でもね、何もできない、誰も助けてやれないオレだけど、誰かを少しでも笑わせてやれることができれば、オレはそれでいいよ。それで十分、オレは生きている価値があるんだと、思えるよ」 「……好きになれるかしら……こんな醜い自分を」  直久はアヤメを振り返り、にっこり笑った。 「だって、君は十分に魅力的な女の子だよ。優しいし、笑顔が可愛い」  アヤメは、直久の言葉に少しだけ表情を和らげた。
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