10 寒椿

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  「今だって、君はツバキちゃんの幸せを願っている。いや、ほんとうはずっとずっと願ってたんだ。あんな地下室に閉じ込められていた姉をずっと心配して、出してあげたくて、でもどうしていいかわからない。そう、悩んで、悩んで、苦しみぬいてきた。そうでしょう?」 「……だって……可哀相で……私のたった一人の姉なの……でも、怖くてできなかった……じゃああなたが生け贄になりなさい、って言われそうで……できなかったの……」  再びアヤメははらはらと涙をこぼし始めた。 「それが普通だよ。オレが君でも、そう思うと思うよ。ま、その前に、オレは後先考えるのなんて苦手だから、まず暴動を起こすね。家をぶっ壊すっ」  直久はにかっと歯を見せて笑いかけた。それを見たツバキが泣き笑いになる。 「……でもさ、こんなのおかしいって思わない? 生け贄なんて、本当に信じているの? 止めるべきは、ツバキちゃんたちの駆け落ちじゃなくて、生け贄の儀式のほうだと思うんだけどな、オレ」  直久が何気なく言った言葉だった。でもそれは、アヤメにとっては考えもしなかったことのようで、まるで狐に摘ままれたような顔をになった。 「え? だって何で死ななきゃなんないんだよ。おかしいだろう」  生まれた瞬間に、十六歳で死ぬことが決まるなんて。  あんな地下室に閉じ込められなきゃいけないなんて。 「……確かに」  アヤメはまっすぐに直久の顔を見た。そして、もう一度、はっきりと言った。 「確かに生け贄なんて、おかしいわ」 「でしょ? 生け贄の儀式自体を無くせばいいんだ。誰も死ぬ必要はないし、逃げる必要もないんだよ」 「……そうね。そうなんだわ。でも……」  言葉を切ってアヤメが顔を曇らせた。 「そんなこと、できるかしら……お母様だってずっと、生け贄を止めさせたいって、泣いてらしたわ。でも『しかたないの』、『無理よ、止められないわ』って」 「やってみたの? オレ、何もしないくせに、『無理』とか『しょうがない』とか言ってる人って嫌いだ。だってさ、やってみなきゃわかんなくない? やって後悔するより、やらなくて後悔するほうが損した気分になるよ、オレはね」  
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