10 寒椿

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  (ツバキちゃんっ!! この呪縛を解いてよ)  心の中で、叫んでみたが、ツバキからの応答も、わずかな表情の変化も見受けられない。これでは、直久の声が届いているのかどうかもわからない。    このまま。動けないまま。  自分は、何もできずにツバキを助けられなかったらどうなるのだろう。    そんな、不安ばかりがどんどん膨らむ。モヤモヤとした気持ちを払拭するために、いつもなら、水をかぶった犬のように、ぶるぶると頭を振り回すというのに、それも今はできないときた。苛立ちにもにた焦りの中、直久は、じっとツバキを見つめる。 「もう、この部屋にいる必要はないわ」  アヤメがそんな直久にはまったく気がつかずに、ツバキに対峙する。 「どういうことなの? 儀式は明日よ?」 「それは後で話しましょう。とにかく外へ出て」 「だめよ。儀式が行われなければ、お父様が悲しむわ」  アヤメは小さくため息をついた。 「だから、私が代りにここにいるから。さっきもそう言ったじゃない」 「…………わかったわ」  ツバキは意外にあっさりとベッドから立ち上がった。それで、直久は、違和感を感じた。  ……おかしい!    何がどうおかしいのかは説明できない。でも、直久の肌がちくちくと、ツバキの中の悪霊を感じ取っている。ツバキの中の黒い闇を察知している。それだけは、断言できた!  直久は必死でもがく。つもりだった。実際には、髪の毛一本動かせていない。  なぜ。  どうしていつも自分は、大事な時に何もできないのだろう。  今。  やらなければ。  そう感じているのに!  見ているしかできないのか。  また自分は、何もできないのか。  直久が胸を締め付けられるような痛みを感じた。その痛みがどんどんと強くなる中、ツバキが清次郎に肩を抱かれながら、直久の、つまり部屋の出口へ、と歩み寄ってくる。 (ダメだ、ツバキちゃん!! オレは君を助けに来たんだ! 悪霊になったらだめだっ!!)  唯一動く眼球の筋肉をフル稼働させ、ツバキを目で追った。
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