10 寒椿

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  「アヤメ」  ツバキの声がした。振り返らなくても、直久にはその恐ろしい無表情な顔が、手に取るように分かった。 「ありがとう」 「ツバキ?」  困惑したようなアヤメの声。 「え!? ──あっ、ちょっと、鍵を返してっ!」 「ありがとう、もう一人のツバキ。あなたはもう要らない」 「え? あ、やめっ……」  直久の背後で、争う声が聞こえたと思うと、ドンという鈍い音がした。 「きゃあああああ────」    頭が割れそうな悲鳴が、部屋の冷気を切り裂く。かなりの質量のあるものが転がり落ちてくる重い音。後に続く、慌てて階段を駆け上って行く二人分の足音。  それでも直久の体は動かない。  何があった。  アヤメにいったい何があったというのだ! (畜生、アヤメさんっ!? アヤメさんっ!! くっそーーっ! 動け、動け、動けええええええええ!!) 
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