10 寒椿

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  ◆◇  すぐに、アカネの報告は、父である屋敷の主人を通し、あっというまに全村人へと伝わった。  屋敷の主から村人たちに清次郎とアヤメの行方を捜すように命令が下ったのだ。男が抵抗する場合、殺してもかまわない、しかし娘は生け捕りにしろ、というもの。そのため、村人たちの全員に屋敷の主から銃が貸し出された。  彼は、娘の心配をするでもなく、 「そのうち、どこかの金持ちに嫁がせようと思っていたが、なんて恥知らずな。よりによって画家なんかと駆け落ちするとは」  と、苦々しく言い捨てた。  彼にとって、娘はツバキにしても、アヤメにしても、御家発展のための手駒でしかない。  だが、絵描きなんかと駆け落ちしたという傷を負ったアヤメは、金持ちの家に嫁に出すという望みを失ってしまい、駒としては使い物にならない。これが、腹を立てずにいられようか。  そもそも、あの男もあの男だ。高額を支払ってまで雇い入れてやったというのに、なんと恩知らずな。こんなことならば、娘思いの父親なんぞ、演じなければよかった。  ブツブツと不満を垂れ流しにして、彼は銃を片手に、屋敷の外へと出た。
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