10 寒椿

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 ところが、止まったのは彼女の足だけではなかった。雪も宙に浮いたまま、動かない。よく見るとツバキの隣にいる清次郎も、走る姿勢のままピクリとも動かない。止まっている。まるで、直久たちの周りだけが、時が流れていないように見えた。  ここがツバキが作り出した世界だとしたら、何がおきてもおかしくないだろう。直久は妙に納得していた。だが、今はそんなことに気をとられている場合ではない。  ツバキが悪霊だと分かった今、直久のやるべきことは決まっている。  ツバキを救う。悪霊になどさせない。そして、アヤメも救う。あの部屋から助け出す。ついでに生け贄の儀式もぶっつぶす。これしかない。 「ツバキちゃん……帰ろう」  どんな硬いものでも貫いてしまうのではないかと思うほど、鋭い目つきでツバキが直久を睨んだ。その気迫に押され、思わずごくりと唾を飲む。 「帰って、それで私に死ねというの?」  先ほどまでのツバキとはまるで別人だった。抑揚のない声、無表情な顔だというのに、彼女の心の叫びが体中からあふれているように感じられた。
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