10 寒椿

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 私は悪くない。  私は死にたくない。  なんで私が死ななくてはならないの? 私は彼ともっと一緒にいるのよ。  ツバキの全身がそう叫んでいるのが痛いほど伝わってくる。 「…………ツバキちゃん。違うよ。君が死ぬ必要はないんだ」 「そうよ、アヤメが代りに死んでくれるから、私は死ぬ必要なんてないわ」  そう言ったツバキの目が赤く輝きだした。 (悪霊が表に出てきているのか? もしかして、今、ものすごいチャンス?)  ツバキが悪霊だとわかってから、直久にはずっとその理由がわからなかった。  直久がついさっきまで見てきたツバキは、純粋無垢を絵に描いたようで。まるで、幼児のように、見るもの全てに目を奪われ、笑顔の堪えない少女だった。  しかし、目の前にいるツバキが本当のツバキだとすると、それらは全て偽りの姿。嘘をついていたことになる。  本当は、ツバキは全てを知っていたのだろうか。  自分はただ死に行くために生まれてきたこと。その死を受け入れやすくするために、薄暗い部屋に監禁されていたこと。それは決して、人間らしい生き方ではないということ。  知っていたのだとすれば、それほど恐ろしいことはない。自分の運命を呪い、ほぼ同時に生まれた妹に対して、妬みや恨みを抱いていてもおかしくない。
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