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「ねえ? どうして動かないの?」
不意に幼女がこちらを振り返った。
直久と目が合う。その拍子に心臓が跳ね上がった。
見えている。
自分の存在が認知されている。どうなっているのだろう。ツバキの記憶じゃないのか?
直久が戸惑いから反応できずにいると、ツバキが椅子を降り、直久に走り寄ってきた。
胸の鼓動が早くなる。どうなっているんだ。何度問いかけても、答えは出ない。
「ほら、見て。ツバキだけ動かないのよ。アヤメは動いてるでしょう?」
ごくりと直久の喉が鳴った。
言われるまま、直久は幼女の両手に抱えられた金魚鉢と、彼女の顔を数回、視線を往復させる。
なるほど、赤い金魚と白い金魚にそれぞれ“アヤメ”と“ツバキ”という名をつけたのだな、と納得した。しかし、その白い金魚がすでに死んでいるのは、誰の目にも明らかだ。
そう、死んでいるのは“ツバキ”……。
直久は、どうしてもそれを口にすることが出来なかった。
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