10 寒椿

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  (もういいよ……もういいんだ)    もう誰も苦しむ必要などない。  もう生け贄なんかで死ぬ必要はないんだ。  ツバキもアヤメも、好きなことをして、好きなところで、好きなように生きればいい。  わがまま、そう──我が心のままに。 「そうだったのね、アヤメはこんな暮らしをしていなかったのね」  直久はぎょっとした。自分の腕の中にいるツバキが、驚くほど低い声で、ぽそりとつぶやいたのだ。  思わず引き離したツバキの顔を覗き込み、直久は目を見開いた。  また成長している。目の前にいるのは、今の、十六歳のツバキだった。  今度は、いったいどんな記憶だというのだろう。  少しだけこの状況に慣れてきた直久は、じっとツバキを見守ることにした。 「……外の世界は、本当にすばらしいのね。本当に。私、雪も食べてみたのよ! ああ、もっともっと、外の世界で生きていられたらどんなに素敵かしら」  直久はあれ、と思った。目を輝かせるようにして何やら物思いにふけるツバキの顔を、じっと見つめる直久。  外の世界?   雪を食べた?
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