10 寒椿

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  「さあ、ツバキ! 急いで!!」  声のほうを見ると、ツバキの手を引いて清次郎が直久の前を通過しようとしている。  ツバキの記憶の呪縛が解け、直久の周りの時間が元に戻ったらしい。  一瞬、直久の前を通り抜けようとするツバキの視線が直久を捕らえた。  邪魔をしないで。  このまま行かせて。  強い意志を直久は感じた。  だが、直久は両手の拳に力を入れる。 「ダメだ! 今逃げても、何も変わらないんだ!」  声の限り、直久は叫んだ。 「あっ!」  すると、ツバキが直久のすぐ側で足を滑らせ、転倒した。清次郎が慌ててツバキを助け起こそうと手を差し出す。 (今だ! 今しかない!)    直久はそれが最後のチャンスだ、と察した。 「アヤメさんは、ただのんびり生きてきたわけじゃない。ずっとずっとツバキちゃんを助けたかったんだよ!! でも、怖くてできなかったんだ」  清次郎の手を取るのも忘れたように、ツバキが直久をじっと見つめている。
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