10 寒椿

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  「やめてえええええええっ!!」  ツバキが清次郎と父の間に飛び出したのと、父が引き金を引いたのが、ほぼ同時。  ────ズギューン……     銃声だけが、雪の作る静寂の世界を引き裂いた。  一瞬の間をおいて、ツバキの体が傾いた。  ゆっくり、ゆっくり。  仰向けに倒れていくツバキ。  長い黒髪の一本一本が、粉雪と共に宙を舞う。 「ツバキ──っ!!」    名前を呼ばれている。  大好きなあの人が、自分の名前を呼んでいる。  返事をしなくては、と思った。思ったのに、どうして声が出ないのだろう。ツバキには、自分の体に力が入らないのが不思議でしょうがなかった。 「ツバキっ!! ツバキっ!!」  清次郎の息を呑む音が耳元で聞こえたかと思うと、ふわりと自分の体が彼の腕に収まるのがわかった。そして、心配げに自分を覗き込む彼の顔が目の前に現れる。
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