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そんな中、すでに息のない清次郎に全ての銃弾を撃ちつけてもなお、引き金を引き続ける男性の肩に村人の一人が、いたわる様に手を置いた。
男性は、我に返ったようになり、苦々しい顔で村人を振り返る。そして、搾り出すような声で言った。
「……行くぞ」
「ぎ、儀式はどうするんですか?」
「儀式? 生け贄ならこれで十分だろう? 谷から突き落とすのも、銃で殺すのも、娘が一人死ぬことにはかわらん」
彼にとって‘我が子’とは、健全な息子がひとりいればそれで構わない程度のものだった。
たった今死んだ娘の他にもうひとり──スペアのような娘がいるが、儀式が済んでしまった後となっては、そのスペアの意義もなくなり、じつにどうでもいい。彼はこの後、その娘の行方が不明であるとの報告を家の使用人から受けるが、彼女を捜そうとする気配をいっさい見せなかった。
「事は済んだ。こんなところで長居は無用だ。行くぞ」
かける言葉が見つからないのか、村人たちは顔を見合わせると、無言で男性の後に続いてその場を立ち去っていった。
残された直久は、ふらふらとおぼつかない足で、雪の上に横たえる二人のそばへと近づいていく。ツバキの前までくると、がくりと膝を折った。
「……ツバキちゃん……」
呼びかけにツバキは答えない。
目に一杯の涙を浮かべ、彼女の大きな瞳が一瞬だけ直久をとらえたような気がした。
直久は震える手をツバキの口元に運ぶ。かすかに息があった。
「よかった……」
直久は小さく息を吐いてから、少し視線をずらし、清次郎を見た。その瞳は、かっと見開かれ、整った彼の顔とはまるで別人な気がした。その額に、くっきりと被弾の跡がある。一発で即死したに違いない。
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