10 寒椿

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 僅かな間だけ、直久は目を伏せると、そっと清次郎の瞼を手で閉じてやった。  ────……直……ちゃん……  直久は再び耳を疑った。突如、ツバキの声が聞こえてきたのだ。  でも、耳にではない。頭の中に直接響いてくるかんじだ。まるでテレパシーのように。  思わず直久は、ツバキに視線を落とした。 「ツバキちゃん!?」  ────直ちゃん……お願い  再び声が聞こえたが、やはりツバキは唇を少しも動かしていない。しかし、直久はツバキの声だと確信していた。 「ツバキちゃん!? しっかりして!」  ツバキの、紫色になってしまった唇が小さく動いた気がした。だが、声にならない。自分に伸ばされたツバキの手を直久は膝を着いて受け取った。優しく両手で包み込む。  そのツバキの細い手から、彼女の気持ちが流れ込んでくるのが分かった。
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