10 寒椿

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 これでいいの。  私はもう、これでいいの。  暖かな、柔らかな、ツバキの心が直久に伝わってくる。  私は満足よ。あの部屋の外にも出たわ。それに、愛した人と死ねるの。  ずっと一緒にいられるの。  もう十分だわ。  だから────。  ツバキは、痙攣しながら直久に握られていた自分の手をゆっくり開く。 「……鍵……あの部屋の?」  ツバキは直久を見つめ続ける。再びツバキの唇が小さく動く。  直久は必死でその唇の動きを読んだ。  でも、読まなくても分かる。  ツバキが願う、最後の心。  命の最後に、思う大切な人。  “アヤメをたすけて────”  直久はあふれてくる涙をこらえることができずに、天を仰いだ。はらはらと舞う雪。零れ落ちる直久の心の雫。  ぐっと歯を食いしばり、片手で涙をぬぐうと、直久はツバキをもう一度見やり、力強くうなずいた。
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