10 寒椿

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 続いて和久の顔。 「……かっ……」  弟の名前を呼ぼうとしたが、なぜかうまく声がでない。 「よかった、気が付いて」  ここは……?  キョロキョロと視線だけを動かし、状況確認につとめる。それで、自分に抱きついているゆずるの姿に気がつき、そっとゆずるの手をどけて、ゆっくり身体を起こした。  戻ってきたのか。  ツバキの記憶の世界から。  それは、同時にツバキの悪霊もいなくなったということ。  満足した、もう十分だと。ツバキがそう思ったから、悪霊は苦しみから解放されたのだろう。  でも──。  直久は唇を噛み締める。 「直ちゃん、大丈夫?」  心配そうに覗き込んできた和久に、無理矢理に笑顔を返したものの、悔しくって仕方ない。  結局、何もできなかった。アヤメを助けられなかったのだから。  俯いた直久の手に、そっとゆずるが手を重ねる。ゆずるらしからぬ行動にびっくりして、反射的にゆずるを見上げる。
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