10 寒椿

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 ゆずるは直久の握り固められた拳を自分の手で包み、そっと胸の高さまで持ち上げる。  直久はその拳の中に異物を感じて、ゆっくりと手を開いた。 「ああ……」  その金属の正体がなんだかすぐに直久にはわかった。目頭が一気に熱くなり、あっという間に涙がこぼれそうになる。  こんなに錆び付いていただろうか?  いや、そんなことはどうだっていい。 「…………っ!」  直久は再びそれ──鍵を握り締めると、駆けだした。 「直ちゃんっ!?」  後から追いかけてくる和久の声も、今の直久には届かない。  早く、早く。  階段を駆け下りて、あの部屋に。  一刻も早く、あの部屋に――彼女の元へ急がないと!  直久は例の扉の前で一旦足を止めた。  鍵を持つ手が震える。  
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