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「ほら、直ちゃん。早く乗って」
いつの間に乗り込んだのだろう。ゆずるも、バスに乗り込み、さっそく読書を始めている。
「はいよ」
弟に短く返事をすると、直久は、姉妹を振り返る。
「じゃあ」
と、いつものキメ顔で、本人評価で、できる限りさわやかに短い別れを告げた。そして、くるりと、二人に背を向けたところで、何かに袖をつかまれ、引き止められる。何だ? と首をひねって背後を確認すると、よしのが直久の袖を掴んでいるのが見えた。
「また来ていただけますか?」
「もちろんですよ。お困りでしたら、いつでもどうぞ。お呼び立てください」
直久がおちゃらけて答えると、よしのは直久の袖から手を離し、ゆるやかに首を振った。
「仕事ではなく、思い出した時に、会いに来て欲しいのです」
「え? おわっ」
よしのは、直久の背中を押した。転ばないように、一歩足を踏み出したことで、直久の体はバスのステップに乗り上げる。
「言ったのはそっちよ。私が百五十歳若かったら、って」
直久がバスに乗ったのを確かめて、バスの運転手が扉を閉めた。ぽかんとした、間抜けな顔の直久を乗せ、バスが重そうに走り出す。
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