1 節操ないな

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 反射的に大声を上げてしまった直久。お約束のような悲鳴は、ちょっぴり、わざとらしかったかもしれない。冷やかな視線を感じて振り返れば、案の定、いとこのゆずるが身も凍るような表情を浮かべて、こちらを睨んでいた。 「仕事の邪魔をするつもりなら、今からでも東京に帰れ」 「まあまあ、ゆずる。直ちゃんだって一応人間だもん、びっくりする時もあるよ」  苛立ちを隠すことなく直久を睨み続けるゆずるを、仏のような笑顔でなだめているのは和久(かずひさ)。――直久の双子の弟だ。 「そうだ。そうだ。いきなり生け贄だの、幽霊だの、聞かされたら誰だって驚くだろう――って、ちょっと待て、こら。一応ってなんだよ。人間に決まってんだろうが!」 「黙れ! 帰れ!」 「なんだと、ゆずる!!」 「うん、ゆずる、ちょっと言い過ぎだよ。でも直ちゃん、今は黙っててね。僕たちは仕事でここに来ているのに、直ちゃんが騒ぐと、話が進まないから」 「……わかったよ。オレは今から空気になる」  直久はふて腐れて、わざとらしく見せつけるように『お口チャック』の仕草をしながら長椅子に深く座り直した。 「すみません、山吹さん。話を戻しますね」  和久に爽やかな笑顔を向けられ、山吹と呼ばれた中年の男は、ほっとしたように頷く。 「送られてきた依頼書によると、山吹家では代々、山神に対して生け贄を捧げてきたということですが」 「そうです。もちろん疾うに廃れた慣習で今は行っていませんが、明治時代までは行われていたと聞いています。また、そのおかげで、一年の大半を雪に覆われるこの村は栄えることができたのだそうです。お恥ずかしながら、我が山吹家は、生け贄として娘を差し出す代わりに、他の村人から多額の謝礼を受け取っておりました。それで今もって余るほどの土地を所有しています」  なるほど、と直久は口を閉ざした状態でひとり納得した。
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