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直久は温泉のために口を一文字に結んで、空気に徹することを固く心に誓う。
ところが、そう誓ったとたん、空気を演じているはずの直久の目の前に暖かな湯気のたったカップを差し出された。差し出されたら、そら受け取るのが人情、いや、人間ってものだ。さっそく熱々のコーヒーを飲もうとした直久は、自分を執拗に伺う視線に気づき、顔を上げる。
ふわふわとした綿菓子のような印象の可愛らしい少女と目が合った。
少女は、直久と視線が交わると、ぱっと目を逸らしてしまう。自分たちよりも幼いからだろうか、初々しいそんな姿に直久は好感を抱いた。
「双子は珍しいですか?」
柔らかな笑みを湛えながら、直久の隣から和久(かずひさ)が問う。
「こら、八重(やえ)。そんなにジロジロと見つめたら失礼でしょう」
お茶菓子を乗せた盆を手に少女が部屋へ入ってきた。こちらの少女も息を呑むほどの美人だ。八重と呼ばれた少女と、どことなく似ている。彼女の姉だろう。
だが、妹とは纏う雰囲気が違う。妹の方は柔らかな暖かな雰囲気で、春の陽だまりのようなイメージだが、姉の方はどこか物悲しく、切れ長な瞳がクールな印象を持たせている。
「大丈夫ですよ。慣れていますから。一卵性双生児なので、よく似ているでしょう?」
「ホントに見分けがつかないです」
八重は、双子の兄弟に交互に視線を送る。
「僕が弟の大伴(おおとも)和久です。こちらが、兄の直久。そして、いとこの九堂(くどう)ゆずるです。……えっと」
「あ、ごめんなさい。私は、ここの娘の、山吹(やまぶき)よしのです。こちらは妹の八重。――お二人とゆずるさんはいとこなんですね。よく似ていらっしゃるから、ゆずるさんもご兄弟なのかと思っていました」
「あはは、よく言われます。双子じゃなくて三つ子なんじゃないかって」
――いや、それはないっ!
よしのや八重と穏やかに話す和久の言葉に敏感に反応して、直久は心の中で強く否定する。
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