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直久だけに聞こえるように、和久が囁いた。
「だったら、おいてくれば良かったんじゃねぇ? 」
「それはダメ」
ぴしゃりと言い放った和久の顔から笑顔が消えた。
「あの家に置いていくなんてできないよ。だって、ゆずるは今、力が使えないんだよ。また、昨日の晩みたいに、何かあったら──」
「ひとたまりもねぇな」
和久の言葉を直久は自然に継いだが、いまいち納得がいかない。
だって、普通に考えて、立っているのがやっとというようにフラフラしながら肩で息をするゆずるを、結構な傾斜の山道を歩かせるのはいかがなものだろうか。
(きっと、心配してやっても逆ギレされるだけだろうけど……)
ふと、直久の脳裏には昨夜の出来事が、まるで録画映像でも見ているかのように蘇ってきた。
自分でも驚くほど鮮明に。そして、その時感じた恐怖までもが呼び起こされてゆく。
(まったく、ありえないっつうーの)
あんな恐ろしい目にあっていながら、よく、三人とも無事に朝を迎えられたものだ。
それもこれも、タイミングよく和久が目を覚ましてくれたから。
でも、あれほど直久が起こそうとしても起きる気配すらなかったのに、どうして和久は自力で起きることができたのだろう。
何か対策がしてあったのだろうか。たとえば、式神に命じてあった、とか。
……ならば、式神も、とっとと和久を起こしてくれれば、あんなに苦労しなくてすんだというのに。
直久から思わずため息がこぼれた、その時。
(!)
不意に、ぞくりと悪寒が走る。同時に、あの時の声が、直久のすぐそばで聞こえたような気がした。
ばっと、体をひねり四方を確認する。何も見えない。もう、何も聞こえない。
和久とゆずるを振り返るが、何も感じてないようだった。
(気のせい? いや、でも──)
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