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彼岸花の花が、いやに鮮やかにあぜを染め上げている。
まだ紅葉していない栗の木の下、男は腕を組んで道の先に人影を探していた。
年の頃は十八ほどの青年だ。
小袖に袴と近頃多くなった服装に、手入れの行き届いた刀を腰に差している。
昼食も終わり、農民が作業に戻り始めているあたり、そろそろ未の刻か。
時が経つに連れ、人影を探す頻度が高くなる。
山寺の鐘が、一帯に響き渡る。
未の刻を告げる鐘だ。
男は痺れを切らしたように木から離れ、道のど真ん中に立った。
「遅い」
苛立ちを隠さない口調で呟く。
当然その声に答える者はなく、それが彼の苛立ちを加速させる。
「時間の前に来るのは、礼儀だろうに」
「時間通りに来るのも、おもしろいと思いませんか? それにまだ鐘は鳴り終わっていませんよ」
ふいに、後ろから声をかけられ、男は思わず刀に手を掛けながら振り返った。
最初に目に入ったのは、髷の結われていない艶やかな髪に小ぶりの頭。
男の理解が一瞬遅れた。
そろそろと視線を下ろすと、ようやく目が合う。
「はじめまして」
少し下にある目が、笑った。
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