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先日、正次の仕える家の奥方が怨霊を見た。
月夜の晩、井戸の中にぼんやりと青白く浮かぶ女の顔を。
最初は皆見間違いだとなだめたが、それは奥方を更に頑なにさせた。
「あれは絶対に怨霊よっ! あんなに禍々しい顔見たことありませんもの!」
近頃は、口を利いたと思ったらこれしか言わない。
更に輪をかけて、主人まで挙動不審な態度を取り始めたから大事である。
それが奥方の不安に拍車をかけ、怨霊のせいだと叫び狂う。
「それをどうにかしようと、僕を呼んだんですね?」
「そうなる」
正次は説明し終え、改めてこの一件のくだらなさを痛感した。
もとより奥方は不安定な方だった。
それを、見間違いが一気に加速させたとしか思えない。
思わず、ため息が口から漏れる。
「お仕えになられている方々もお疲れのようですね」
その様子に気づいたのか、いたわりの言葉をかけられる。
気の回る子供だ。
陰陽師とは本が本だけに、人間の心にも敏感なのだろうか。
「頼りにしている」
「任されました」
蘇芳ははっきりとした口調で答え、道の先を見据えた。
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