十年前 ~戸隠鋭治~【1】

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   懐中電灯を向けた先の光景を見て、戸隠鋭児は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。  現在の時刻は午後七時。昼間であっても殆ど人の寄り付かない、鬱蒼と木々が生い茂る林の中。  しかもその中心の、ゴミと汚泥で満たされた池の中心。  そこで一人の少女が身体を洗い流していたのだ。  有り得ない光景だった。こんな時間にここを訪れているというだけで異様なのに、更にこんな汚い池に入るなど、気違いの行動だ。  しかし、そんなことも気にならないほどに、彼はその少女に惹かれていた。  短めに切り揃えられた黒髪が額や頬に張り付いて泥水を滴らせている。  その瞳は、闇の中でも凛と輝いていて、強さも危うさも両方醸し出していた。  瑞々しい唇から覗く白い歯は、まるで皮を剥いたばかりの新鮮なオレンジのようであり、綺麗に磨き抜かれた白磁器のようでもあった。  汚泥と腐臭にまみれた白い裸身はまだ未成熟で、膨らみかけた乳房と、覆い隠すべき茂みすら生えていないクレバスが、懐中電灯の光に晒されていた。  何者にも侵されていないであろう純潔の身体に、彼女は確かに穢れを纏っていたのだ。
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