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「ご勇退、おめでとうございます。竹内警部」
羽鳥警部補の言葉に、竹内悟郎は白髪だらけの頭を掻いた。
煙草の煙が充満した部屋は午後の日差しに照らし出されて、汗ばむほどに気温が高い。しかしそんなことも関係なく、常に騒がしい熱気に包まれた捜査一課の中心で、彼の退任式は行われていた。
「よせよ羽鳥。お前から言われると照れ臭えやい」
ヤニで黄ばんだシャツとヨレヨレのスーツに身を包んだ竹内が、にこりとこちらに向けて相好を崩す。
こうしていると、人の良い初老の男性と言った印象しか与えない所作であったが、事件を追う彼の目付きはさながら獣のように鋭く、真実に対して貪欲であり、他の若い刑事からも憧憬の的になっていた。
その竹内悟郎が、今日付けで刑事職を退く。
それは、ほんの一年前にここに配属されたばかりの羽鳥摸架(はとりもか)警部補にとっても、非常に大きな出来事であった。
思えば彼は、高慢な男であった。
キャリアとして初めから警部補という立場を与えられていた羽鳥は自尊心が強く、他人との衝突は日常茶飯事であった。
その羽鳥を、ぶつかり合い、叱咤しながら、一年かけて育ててくれたのは、他ならぬ竹内だったのである。
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