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「で、今更なぜその事件を? あれは既に解決し、犯人には死刑判決も出ていたと記憶していますが」
暫くの沈黙の後、羽鳥が訝しげな表情を浮かべて竹内に聞く。思い出したくも無いはずの事件を今更持ち出すには、きっと何か理由があるのだろう。
「ああ、犯人の戸隠鋭治も後二ヶ月ほどで死刑が執行される。だがな、俺は何だか納得がいかねえんだ」
竹内は苦々しく言葉を吐くと、頭を掻いた。
「どういうことですか? 私は報道でしかこの事件を知りませんが、何ら不自然な点があったようには思えませんが……」
「それはな、お前が戸隠鋭治という人間を知らないからだ」
きっぱりと言い放たれた、思わず黙り込む。
「あいつを知ってる人間は皆そう思ってるよ。あの事件は何かがおかしい……ってな。まあ証拠も揃ってるし、状況証拠も完璧だから文句はねえんだが、何かな……」
そう思ってる刑事は他にもあれど、誰も掘り起こしたくない事件なのだろう。真実を求めることに貪欲な竹内だけが、未だにそれを気にしているのだ。
「ま、だからと言ってもうどうすることもできねえんだけどな。何故かお前には伝えておきたかったんだよ。ジジイの思い出話だと思って、軽く聞き流してくれよ」
「いえ、竹内警部からそういったお話を聞かせてもらうのは初めてですので、何だか嬉しいです」
「そうかい。じゃ、今夜二人で呑みにでも行こうぜ。嫌になるほど話してやるよ」
竹内が笑うと、自然とこちらも笑みが零れる。暖かい春の午後は徐々に色を変え、橙色のスポットライトで去り行く者を祝福していた。
――竹内悟郎が他殺体で発見されたのは、それから半月後のことだった。
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