エルの楽園[→Side:E→]

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    「っ……」    男は小さく呻き声を漏らす。燃えるように背中が熱い。瞬く間に背中から血が溢れ出す。刺されたと理解したのは刹那。油断した、と思ったのも束の間だった。体に力が入らない。重力に従い、男はまるで人形のように緩やかに崩れ落ちる。顔に付けていた仮面に小さなひびが入った。身に纏っている黒衣がみるみる緋(あか)く染まっていく。何よりも緋く、緋く。   「エル……」    致命傷だという事はすぐに解った。命は長く持たないだろうという事も。男が呟いたのは愛しき娘の名。きっと、娘は父親の帰りを今か今かと待っている。今日は娘の八つの誕生日なのだから。    それを原動力に、男は足掻く。力が入らない体を無理矢理動かそうとするが、どう考えても立ち上がるなど不可能だった。    しかし、男の思考は娘が待つ家に帰りつく事のみに支配されている。右手を伸ばし、僅かに残った力で体を引きずる。左手も同様に。そうして、男は這い擦りながらも少しずつ進んでいく。    体から流れ出る緋い血と比べれば、白く見える大地。今まで男が犯して来た罪を示すかのように、緋い雫で描かれた軌跡は煌めいた。  
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