エルの楽園[→Side:E→]

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   ふと男は右の掌の金貨(コイン)を見る。多くの人々の間を巡って来たからだろうか。それは浅黒く、古びていた。    今回の依頼の報酬は金貨。男は依頼の報酬は何時(いつ)でも金貨を頼んでいた。アルビノであり、病弱な娘。娘は生まれつき重い病を患っていた。娘の治療にかかる金。切実な現実。彼には金が必要だった。    殺人……窃盗……誘拐……密売……。今回の依頼もその類(たぐい)。現在(いま)となっては何(ど)れも手慣れたもの。    犯して来た罪の報いだと、男は自嘲する。こんな仕事をしている以上、安らかな最期を迎えられないとは解っていた。しかし、それがよりによって今日とは。私の罪は其(そ)れ程重いと言うのか。誰とは無しに問い掛け、男は皮肉げに笑った。    霞みゆく目。娘が待つ家の扉は、男の目には夢幻(むげん)のように映った。やっと辿り着いた家だが、薄れゆく意識の前では何処(どこ)か現実味がなかった。浮かんで来るのは娘の愛しい笑顔のみ。それはすぐ其処(そこ)に。夢幻の果てに手を伸ばすように、娘の笑顔に手を伸ばすように。男は扉に手を掛けた。      エルの誕生日に間に合った。      只、其れだけを想い。
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