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物心付いた時から、父はエルに楽園の話をしていた。仕事で忙しい父だったが、何時(いつ)しか父から楽園の話を聞く事はエルにとって日課になった。父が繰り返し語る楽園の話を子守唄代わりに、エルは眠りについていた。
そして、今日もエルは楽園の話を聞く。
「ねぇ……お父様(パパ)、その楽園ではどんな花が咲くの?」
――言葉では言い表せない程に甘美な香りを放つ、美しい花が。
「ねぇ……お父様(パパ)、その楽園ではどんな鳥が歌うの?」
――様々な色に移り変わる羽を持つ、美しい鳥が。
「ねぇ……お父様(パパ)、その楽園では体はもう痛くないの?」
――楽園には悲しみも苦しみも痛みも無い。
「ねぇ……お父様(パパ)、その楽園ではずっと一緒にいられるの?」
――楽園では望んだ事は全て真実になる。
エルが投げ掛ける楽園の質問は何時(いつ)も同じで、それに対する父の返事も何時(いつ)も同じ。この質問と応答の後に、父は楽園について語り始める。しかし、今日は何時(いつ)まで経っても父からの返事がない。
先程の一際大きな咳の激痛が、未だにエルの体に残っている。少しずつ、けれど確実に、エルの意識は遠ざかっていく。混濁し始めた意識の中でも、エルの質問が止む事はない。エル自身も、父のように楽園を求めていた。
「ねぇ……お父様(パパ)」
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