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クリスがいるから、あたしはどんなに心が苦しくなっても泣かなかった。
あたしにはやらなければいけないことがある。
魔王を…。
…魔王は…あたしのお父様…?
エスナの言葉を思い出して、あたしの頭はまた混乱してくる。
今、何を考えて、何をするべきなのかがわからない。
何も考えたくない。動きたくない。
そんなふうに思って、それでもまだあたしは歩いている。
山の斜面を滑り落ちそうになって、悲鳴をあげたはずの声は出なくて。
そのまま転がり落ちるかと思ったあたしの体は、ペイの腕に抱き止められた。
力強いその腕があたしの体をしっかりと抱き止める。
「…っぶね、俺まで転げ落ちるところだった」
ペイは背中を太い幹に預けて、焦ったように声を漏らす。
あたしはしっかりとペイに抱きついてしまっていて、慌てて離れる。
「足元滑るから気をつけろよ」
変わらない…のだけど。
ペイはあたしがちゃんと立つのを見ると、先を歩き出して。
悲鳴をあげたファームを見ると、そっちへいって。
「馬鹿。おまえもちゃんと足元見て歩け」
「見てるわよっ」
なんて言い合って、ペイはファームの手をひいていく。
胸の奥がそういうときに音をたてる。
変わらないはずなのに…。
その背中をファームの手が掴む。
あたしは一人、その場に立ち止まってしまいたくなる。
「…ねぇ、リジーお姉ちゃん。ペイお兄ちゃんもミシェルお兄ちゃんも、変だと思う。お兄ちゃんたちはリジーお姉ちゃんが好きなのに、なんか違う」
休憩で立ち止まったときにクリスはあたしの隣にいつものように座って、そんなことを言ってくれる。
変…なのか、当然なのかわからない。
あたしは俯いて、膝に顔を埋める。
「魔法かもしれないよ?かけたとすれば、ファームお姉ちゃんかメリーお姉ちゃんになる。…どっちもあやしいよね。もうすぐお城に到着しちゃうから、頭ズキズキするやつもあるし、今は魔法とけないけど、魔王を倒したら僕が魔法をといてあげる」
魔法じゃないかもしれないよ?
あたしはクリスに唇を見せて言って。
クリスはあたしに笑ってみせて。
「その時は勇者様をリジーお姉ちゃんのお婿さんにしちゃえばいいんだ」
すごい発想。
クリスは頭がいいと思う。
たぶんクリスと同年代の誰よりもしっかりしていると思う。
あたしよりも…しっかりしている。
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