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ガゼルさんにあたしが今悩んでいることを言ってしまおうかとも思ったけど、二人きりになれることもなくて、とても言えなくて。
あたしは溜め息をこぼしそうな気持ちのまま、船に揺られている。
行きは海底を歩いてきたから、船に乗るのはもちろん初めてのこと。
どこまでも続く水平線と、海鳥の声と。
見渡す限りの青空が頭上に広がる。
海はとても穏やかで、船酔いをすることなく、あたしはデッキの手すりに一人でもたれて、ぼんやりと海面を眺める。
この海の底にユラがいるのだろう。
東の大陸にけっこういたから、もうユラは海神となっているかもしれない。
ぼーっとしていた。
いつからか、イルカの群れが船のまわりを泳いでいて、遊ぶように跳び跳ねる。
と、その背中に乗っている人間を見た気がして、あたしは少し驚いて目を擦る。
その人はあたしのほうを膨れた顔で見る。
「オリビアっ?」
「久しぶりね、リジー。随分前のことになるけど、あなたのお陰で煮え湯を飲まされ続けた詫びをいれてくれないかしら?」
「煮え湯って?」
「エリュシオン様という王子様が海にいらしたのだけど記憶はないかしら?」
オリビアは額に青筋をたてて言って、あたしはふと思い出した。
オリビアと別れたとき。
王子様がいらっしゃるわと言って泳いでいったオリビア。
エリュシオンのことを忘れていたと言うと、あたしはひどい女になるのだろうか。
「ごめん…」
「なんなのよ、あんたはっ!なんなの、なんなのっ!?年頃の王子様はみーんなあんたのことばっかりじゃないっ!」
オリビアはイルカに乗ったまま、あたしに喚きたててくれる。
それ、違うと思う。
エリュシオンはもともと婚約者であたしが逃げて、ミシェルは…。
この旅があって、あたしがお城で働いたから知り合った。
「あ、でもまだ一人いるじゃない。イヴァンっていう…」
「イヴァンの名前を出さないでよっ!」
オリビアは叫ぶように声をあげると、そのまま海の中へと消えていってしまった。
ペイが言っていたけど、本当に相当ひどいフラれ方をしたようだ。
じゃなかったら、オリビアがあんなふうになるとも思えない。
というか勇者様だし。
……恋愛なんて考えたこともなさそう。
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