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海の上の旅は楽ではあるけど退屈だ。
変わらない景色。
ただ夜になると空には無数の星と明るい月が浮かぶ。
あたしはその中で、ミシェルに短剣を返した。
これはミシェルがあたしに渡したものだから。
だけどミシェルは受け取らなかった。
「……それはリジーのものだ。リジーが持っていればいい。ディスタリアの国宝だけど、たぶん大昔にシシルから友好の証としてもらったんだろうな。エリザベェータ様は神格化されるほど、遠い昔の人だから」
ミシェルはあたしに背を向けて、暗い海を眺める。
ディスタリアの王子が、王妃となる人にこの短剣を渡す謂れはジャンがエリザベェータ様に贈ったことから始まっているのかもしれない。
「でも…」
「わかってる。リジーがオレの気持ちを受け取らないことは。それとは別で。その短剣はリジーのもう一人の親の形見のようなものだろ?リジーが持つのが一番いい」
あたしは何も言えなくて。
短剣を握り締める。
「オレは血筋だけの王子だったなぁって、この旅の中で思った。世間知らずで甘えたで情けなくて。なんにも考えずに王になればなんでもできるって、現王が引退すればオレは即位して国はオレの思うがまま…みたいに思っていた。女だっていくらでもいて、どんな女でも簡単に手に入るって思っていた。本当に馬鹿だよな、オレ。父上に馬鹿息子言われまくるはずだよな」
ミシェルはそこまで言って、あたしを振り返る。
視線をあげてミシェルの顔を見ると、ミシェルはあたしに笑ってみせる。
「ディスタリアの立派な王になってやる。シシルに抜かれないように、世界一繁栄した国にしてやる。
……最後に…抱きしめさせて」
俯いたミシェルの言葉に、あたしは頷いて。
ミシェルはあたしの体を抱きしめた。
強く…、優しく…。
ヒョロヒョロ王子だったくせに、力強い腕。
ごめんって言葉も出ない。
ありがとうも言えない。
ミシェルの強い意思を持ったときの目は好きだった。
ミシェルに恋をしたあたしもいたよ。
選ぶなんてあたしがしてもいいことなのかもわからなくなるくらい、ミシェルは素敵な人だと思う。
でも、あたしは一人しかいなくて…。
あたしの目はずっと…。
旅を始める前から、ずっと…。
「……ありがとう。リジー。おまえに会えてよかった」
ミシェルの声が耳の奥に聞こえた。
あたしの瞳から涙が勝手にこぼれた。
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