殺意を抱いただけの彼

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今、付き合ってる女が大嫌いだ。 グチグチグチグチと自分の不安に思ってることを語る。 俺は語れと言った覚えは無いのに。 でも女の腕に新しい切傷が出来ているのを見て、俺は苛つきながらも女の話を聞く。 根性ねえな、俺。 付き合ってる女、というより俺は女が嫌いなのかも知れん。 かといって男に興味が有る訳では無い。 はっきりしねえな、俺。 ただ一つはっきりしている事と言えば、女が泣くとすげえ、うぜえって事だ。 別れを切り出した時に泣かれた日にゃ、殴りたいとさえ思う。 きっと女の涙はスライムの様にネバネバしていて、それで別れようとする男の足を捕らえるんだ。 残念だな、自由を奪われた男性諸君よ。 でも今付き合ってる女には、殴りたいなんてそんなことは思わない。 殺したいと、思う。 でも人の目を忍ぶように置いてあるカッターの刃に付いている、血が固まって出来た錆を見て、俺の殺意は小さく萎んで行く。 そして最近、というか今日、というか今、彼女が部屋に来た。 普段、人が恐い奴は外を出歩く事なんて無いのに。 「ど、どうした?珍しいな」 声が震えている。恐い。この女が何を仕出かすのかが恐い。 「あ、あのね…」 女の声も震えている。いや、こいつは何時もこんな喋り方なんだけどさ。 声と同じくらい震えた手で、女は薄汚い自分のバッグから出刃包丁を取り出した。 嗚呼、終わりだ。もう終わり。二十二か、短かったな。糞、このアマ何考えてやがる。俺を殺す気か。ふざけやがって。テメェを殺してやる。あんな刃物で俺は楽に死ねるのか?心臓か脳、どちらを一突きされた方が楽なんだ?嫌だ。嫌だなぁ。死にたくねえなぁ。 二秒、という短い時間の中で俺はこれだけのことを考えた。 短いと言ったって俺の命の終わりを知らせる包丁があんなにきらきら光っているんだ。二秒なんて長い方じゃねえか。 女は靴も脱がずに俺の部屋に上がった。ふらふらとした足取り。肩に掛けていたバッグが二の腕を滑り肘で止まった。 俺の目前まで来た。半分死人のような顔をしている女を見上げる。女は泣いていた。
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