輿入れ

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永禄7年(1564年)、清洲城――   「お市様、信長様がお呼びです。」 「にいさまが…?」   特に何をするでもなく、 部屋に座っていたお市に 侍女が呼び掛ける。 「はい、何でも火急の用らしく…お急ぎ下さいませ。」 「わかった…有難う。」     (にいさま、市に何の御用かな…?) 少しの不安を抱え、お市は信長の自室に向かうことにした。       「にいさま…」 「来たか、市…」   信長は、奥で胡座をかいている。   その前に正座するお市。 「市に、何の御用?」 「近江の浅井長政に嫁げ。」  「…え?」   信長からの思いがけない 言葉に、お市は困惑した。    「聞こえぬか。浅井に輿入れせよと言うておる。」 「市が、浅井に…?」   「もう日取りも決めてある。」   「そんな…急に…」   「貴様に断ることなど出来ぬわ。さっさと仕度せい。」   信長はそう言ってお市を 睨み付けたのだった。 「…はい。」         「お市様、浅井に嫁ぐんだって?」 「信長様が決めたらしいぞ…近江の浅井にお一人で…心細いだろうな。」 お市の輿入れは瞬く間に 全家臣に伝わり、祝福…憐憫… 更には信長が深謀を巡らせているなど、様々なことが噂されていた。     「市が嫁ぐ…浅井に…」   日も暮れ、金色の光線が 目に眩しい。   その中で、お市は何度も 言葉を繰り返していた。   (浅井、長政…。どんな人なんだろう…)
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