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婚礼当日――
「今日は我が浅井に織田信長殿の妹、お市が嫁いでくる。皆、失礼はするな。無礼を働く者は悪!禄を引くぞ。」
激しく長政は叫ぶが、
その姿は袴だ。
「お市様ってどんな方だろうな…」
一人の兵が漏らす。
「聞きしに勝る美人だぜ。俺、馬車から降りてくるの見たぞ!」
「そうなのか!?早く見てぇな!」
「無駄口は悪!貴様らそれでも理の兵か!」
長政の怒りを買ってしまった二人の兵士。
「も、申し訳ございません!」
謝るが、きっと禄は引かれるだろう。
「長政様!」
重臣である海北綱親が走ってくる。
「今度は何だ!騒々しい。」
「すみませぬ…お市様が
お見えになりました。」
会釈し、用件を告げる綱親
「何!さっさとそれを言わぬか!通せ。」
「はっ、お市様、此方です。」
「失礼致します。」
「おお…!」
ゆったりとした足取りと
共に、お市が中に入ってきた。
白無垢に身を包んだその姿は艶やかで麗しい。
家臣たちは溜め息を漏らした。
「そなたが、市か?」
「はい、長政様…」
「よくぞ参った。…これを」
長政がお市の前に差し出したのは、一輪の百合。
「この、花は…?」
「その…歓迎、だ。嫌いか?」
「…嬉しい…」
小さく長政が言うと、お市は大事そうにその花を手に取る。
「そ、そうか!道中疲れただろう。今日はよく休め。」
「はい…市、これからは長政様の良き妻となれるよう、努力していきます。」
精一杯の気遣い。
それを受け、微笑するお市。
「うむ。頼むぞ、市。」
長政も、少しだけ微笑みを浮かべた。
(何だか、心があったかい…何だろう、この気持ち)
手に握った花を眺めながらお市は決して嫌ではない、初めての戸惑いに、心を揺らしていた。
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