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「姫様、お休みの用意を…」
その夜、お比菜が寝床の準備をしに、お市の部屋にやって来た。
「お比菜…」
「どうされたのです、姫様。何か粗相が御座いましたか?」
暗い表情のお市。
何かあったのかと、お比菜は心配になる。
「違う、の…あの…市、長政様を…怒らせちゃって…」
尋ねると、ぼそぼそと、お市は話し始めた。
「何故です?」
「市、この部屋が気に入ったかって、聞かれて…どう言えばいいのかわからなくて…そうしたら、もういいって…」
お市は今にも泣きそうだ。
「そうですか…。…大丈夫ですよ、姫様。長政様は怒ってなどいません。」
「どうして、わかるの…?」
「長政様は、姫様の希望を叶えたいと思っておいでだったのですよ。」
「市の…?」
長く此処に仕えているからわかることだが、主・長政は、どうにも思っていることと言うことが反対になる性質らしいのだ。
「はい。長政様は…姫様がお部屋に不満、不備を感じていたら、それを直して差し上げようと思われていたのでしょう。」
言うと、自覚しているらしい長政は怒るから言わないけれど、そういうことなのだ。
「市のため…?」
「ええ。長政様の悪い癖なのです。その人を想う余りに、態度が厳しくなるのですよ。」
「そうなんだ…」
お比菜の話を聞いて、お市は少し安心したような顔をした。
「きっと、明日には何もなかったかのように接して下さいます。少し、気難しいですが、大丈夫ですよ。では、床の仕度を致しますね。」
「有難う…」
小さく呟く。
まだまだ、慣れるには時間がかかりそうだった。
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