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銀の銃身が、雨露を受けて宝石のように煌めく。
濡れて滑りやすくなったグリップを握り返して、振り向きざま銃口を向ける。
そのまま勢いで引き金を引きそうになり――そこでようやく、自分は泣いているのだということに気付き、かちかちに固まった指を引き金から外した。
(……何か……いる)
どうしようもなく視界がぼやけるその向こう側に、暗い色に支配された世界さえ跳ね返してしまいそうな、いやにきらきら光る白いモノが静かに佇んでいた。
右手で銃口を“それ”に向け続けたまま、左袖でぐいっと涙を拭った。
それは、私が見たどの生物よりも美しかった。
なめらかに風に揺れる、絹のような白く長い毛並み。狼だろうか、しかしその体躯はしなやかで大きく、立ち上がったら悠々と私の身長を越すだろうと思えた。がっしりと土を掴む、鋭く凶悪なその爪でさえ、繊細な芸術品とも思えた。
狼は、牙を向くでもなく、警戒するでもなく、ただ私だけをじぃっと、まばたきすら忘れたように見つめていた。その深い緑の瞳に、濃い森のにおいを感じて、また私の心臓は跳ね上がる。
やがて狼は――つぃっと視線を外し、まったく私への興味を失せさせ、ぐっと軽く沈み込み――
「――待って!!」
そのまま、強烈な風を私に叩きつけ、たまらず風に目を閉じれば――
ただのひと跳びだけで、美しい狼は完全に私の視界から消えていった。
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