序章 ~翼~

18/19
前へ
/19ページ
次へ
ウゥゥ、と狼のように、鋭い犬歯を覗かせながら威嚇する。 あんなに獣より大きなヴォルツァが、獣の姿を認めた途端、明らかな恐れの色を宿した。 のしりと虚空を一歩踏みしめ、唸りながら獣は言った。 『去れ』 短いけれど、私もぞっとするような迫力を持って、びくりと心臓が震え上がる。 その“声”が聞こえたのか、ヴォルツァは明らかに僅かずつ後退りしながら、決して視線を獣から離そうとしない。 やがてジリジリと下がっていくと、緊張感に負けたように、尾を翻して恐ろしいスピードで走り去っていった。 「……うそ……」 私は這いつくばったまま、その光景をぽかんと口を開けたまま見つめていた。 ふわりと音もなく下りてきた獣は、ふふんと勝ち誇ったかのような表情で私を見下ろした。 『おい、娘。名は何という』 「……レイカ……レイカ=スカーレット……」 『そうか。ではレイカ』 たしっ、と獣の前足が、私の頭の上に乗っかる。 「――ん……!?」 『ギアの持ち主…マスターというのを確認した。よって死ね』 そう物騒に宣言するなり、獣はぐぐぐぅっと信じられない力で足を押し付けてくる! 「いッ!?――だだだだッ! おいっやめろ!」 『マスターは排除されねばならん。残念だったな、弱き者』 みしみしと骨が悲鳴をあげる。視界が歪む。耳鳴りが酷い。強烈な痛みと吐き気の中、私は確実な“死”を感じていた。 必死に抵抗しようと、獣の足に手をかけるも、岩のように硬く、私の一切の抵抗を無視した。 『ククク……レイカ、そこらの虫より脆弱だな』 楽しげな獣の声が、わんわんと頭の中で響いてうるさい。 ――と、その時。得意気にふさふさ踊る、獣の尻尾が見えた。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加