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入学式の日に満開の桜の木のアーチの下を―なんてドラマチックなことなんてあるはずがなく、一昨日から昨夜まで降り続いた雨でほとんど桜は散ってしまっていた。見上げると緑の葉っぱが主張を始めていた。
「陽、陽!」
嬉しそうに雫が俺の服をちょん、ちょんと引っ張りながら呼んだ。
「んー?」
「下見て!桜が散ってピンク色の絨毯みたいだよ?」
視線を下にずらしてみると、散って間もない桜の花びらが道の上に積もっていた。
綺麗…。雫がそう呟く。
散って地面に落ちてしまった花びらに関心なんてなかった。まして綺麗だなんて思ったことすらなかった。
「そうだな。」
だけど、なぜか今すごく綺麗に見えた気がしたのはきっと雫が綺麗と言ったから。
ガキの頃からいつもそうだった。俺の心は雫の言葉や表情で膨らんだり、萎んだりと動かされて。
…まぁ、そんなこと本人は気付いてないだろうけど。
雫はそこそこ勉強は出来るくせに、超がつくほどの鈍感で特に他人からの思いというものに疎かった。
小柄で華奢な体つき、アーモンド型をした色素の薄い瞳、色付きの良い唇という外見に、
人懐っこくて感情表現が豊かという内面を持ち、さらに危なっかしくてほっとけないオーラ満開というオプションつきで惹かれない奴はいないだろう。
しかし、雫は鈍感だから男共の猛アタックに気付くことはなかった。
不憫な男共…。
そんな奴等を見ているからだろうか、俺はこの幼馴染みというポジションを保ち続けている。
まぁ、ずっとこのままなんて有り得ない、そんなことわかってる。だけど俺は――
「――陽?」
「んー?」
不意に雫が俺を呼んだ。
「あと10分で、集合時間になっちゃうんだけど…。」
「――は?」
ここから学校まであと10分位。自転車をおいて、受付云々したりするなら…。
「間に合わねぇじゃん!」
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