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私はハッと土方さんの背から顔を離した。
『不思議だな
見ず知らずの女に、それもついさっき会ったばかりの女にこんな話をするなんて……。』
土方さんが一瞬後ろを振り向いて、私に微笑んだのだった。
すぐに土方さんは前を向いてしまったけど、私にはその一言がとても嬉しく感じられた。
馬が颯爽と森林を駆ける中、心地良い風が吹いた。
私の髪がサラッと靡く。
その静けさは、この場で本当に戦が起こっているのか疑いたくなるほどだった。
『お前の名は?』
『あ、葵です!』
いきなり名を聞かれたからまたも私は驚いてしまった。
『中島ッ!!
いるか?』
『はい。土方総督』
私達の馬のすぐ後ろにいる人が返事をした。
中島という人は端正な美しい顔立ちをしている男だった。
『この女に短銃を一丁貸してやれ』
『え!』
私と中島という人はほぼ同時に声をあげる。
『この見ず知らずの女に銃を?
いったいどうゆうつもりなのですか!
・・
土方さんっ!だいたい敵かもまだ分からぬというのに!』
『……大丈夫だ。
こいつは敵ではない…。』
『……分かりました。
あなたの言うことに間違いはありませんから』
中島という男は、馬からサッと降りると私の所まできて、腰にあったニ丁の短銃のうちの一つを私に渡した。
『土方さんに何の意図があるか分からないが…感謝しないとな。
銃の扱いには慣れてるかい?
あとで教えてあげるよ』
さっきとは一変、中島という男はニカッと笑った。
悪い人じゃないみたい。
だけど、ふと気がつくと私の手には怪しく黒光りする短銃が。
手に汗をかいているのがわかった。
私が、このレバーを弾くだけで、私は人一人の命を絶つことができる。
小さい頃にしていた鉄砲ごっことは訳が違う。
そんなことを考えると、とても軽い短銃がまるで鉛の銃でも持っているような感覚に陥った。
『あ、あの土方さん!
何故私に銃を?さっきはああいったのに…』
たまらず叫んだ。
さっきまで人殺しをさせたくないと言っていたが、敵を殺せということなのか?
土方さんの考えていることが分からなかった。
パカッ
パカッ
辺りは静けさに包まれ、また馬の足音だけが響いた。
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