五稜郭

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『……人を殺めさせるために渡したものではない。 これからの戦い、敵はいつどうくるかわからない。俺がお前を守ることができる保証はどこにもねぇんだ。 これで守れ。葵。 自分自身を…。 自分が殺られそうになったら、その時は迷わずに敵に銃口を向けろ』 単調に言葉を発する土方さん。 だけど、その一文に一文に私の今後の安否を気遣う優しさが感じられる。 銃を私に持たせたのは、私自身の防衛のためだったんだ。 人を殺したことなんて勿論ない。 私の時代では当たり前に人殺しは罪だ。 だが戦場においては、人を殺すことは正当防衛だ。罪ではない。 分かってる。 分かってるけど、私がもしその立場になったら… 私はこのレバーを弾くことができるのだろうか? 指で弾き。 弾丸が当たり。 たったの一瞬で人はパタリと死ぬ。 だけど、自分の身は自分で守らなければ。 これ以上土方さんの足を引っ張る訳にはいかない。 『分かりました。自分の身は自分で守ります』 『………。 見えてきたな…』 『え?』 土方さんの言葉で、前方に目をやると海が近付いてきた。 微かにツーンとした潮の匂いがする。 ヒヒーッ 土方さんは一度馬から降り、皆に手を振りかざし合図をした。 一斉に兵は前進を辞める。 『皆!戦闘の準備は出来ているか?』 『はい。土方総督!』 『はいっ!いつでも薩長の奴らをやっちまう準備はできてますよ!』 口々に威勢のいい声を出す兵士達。 『ククッ。さすがだ。お前等! その調子で上手く新政府軍の奴等を退却させて欲しい。 奴等は俺等が荒井さんの上陸を援護するためにこちらに向かっているとは予想するまい。 まだ進軍の音は聞こえちゃいねぇ。 俺等の勝ちだ! 先に我々は一本木浜で待機し、七重浜から進撃してくる新政府軍をまちかまえる。 そして、荒井さん達が到着した際に、隙をみて上陸の援護をする。分かったか?』 『はいっ!!』 兵士達の活気にみちあふれている声が響いた。 その返事に満足したのか、土方さんはニヤリと笑うと再び馬に飛び乗った。 『では、このまま一本木浜に向かう!』 『オ――――ッ!』 私達は再び進軍を始めた。 ついに…私も戦場に身を置くんだ。 いつ死ぬかわからない。 そう考えると緊張が止まらなかった。
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