198-年12月01日 -冬-

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「どうも、隣に引越してきた新倉です」 「あら」 「ホラ、薫挨拶し」 「…ども」 「旦那が単身赴任でして大概は二人でいますので」 「大変やねえ…」 「薫がしっかりしとりますから」 新しい家は何処か落ち着かなかった。新品の畳の匂いは好きだったけれど どうにも住人が多い。ばれたりしたらまた引越さなければならないのに。母は相変わらず人が好きなようだ。 「…あ、薫!早く」 「解っとる!」 引越しセンターの派遣スタッフを押し退けて二つのトランクを運びあげる。母は一寸辛そうに顔を歪めた。だがこんなもの俺に一人で運べる訳がない。 なんせ人一人、入っているのだから。 引越しの準備が終わった。 派遣スタッフが帰っていくのを母が一寸寂しそうに見送る。何が悲しいのか、俺には解らないし 多分俺以外も解らない。 ただ母はそういう人だった。 「京出すよ」 「じゃあ母さんは心夜」 ぐらぐら揺れるトランク。赤い鞄には京が入ってる。青のトランクには心夜。青のトランクの方が大きいのは心夜の成長が早いのか京の成長が遅いのか。 「京、ええで」 「…あついっ」 「頑張ったなあ、心夜も」 「…、ふろはいりたい」 「母さん、そろそろいく」 「ああ…。気ぃ付けていくんよ」 「うん」 一寸狭い台所のすぐ側にある床下の倉庫。それはある意味俺の場所みたいなもので私物を入れるいれもののようなもの。そこから上着を取り出し外へ出た。当然、誰にも見られないように。 「京、静かにし」 「薫兄は?」 「薫なら大丈夫」 「ママ、腹減った…」 冷たい外気に晒された耳が酷く痛い。 急がなければ風邪を引いてしまうだろう。馬鹿は風邪引かないなんて嘘っぱちだ、あんなに馬鹿な堕威は身体が弱い。 「…雪…あかん、」 傘を持ってきておいて正解だな。 駅のホームに座り込む堕威は酷く震えていた。 「薫兄、遅いわ!」 「すまん、早よいこ」 「新しい家広いん?」 「まあまあ。部屋三つあるけど」 「ふーん」 繋いだ手は予想通りに冷たい。 帰ったら今日はそばやで、堕威の好きな。そう言えば堕威は笑った。 俺が皆を守らなきゃいけない。 母さんと堕威と京と心夜。 俺はお兄ちゃんなんだから。  
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