198-年12月01日 -冬-

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  「おかえり堕威」 「ただいまお母さん」 「母さん作ったん?」 「ちゃうちゃう!出前や」 「でまえ!」 冷え切った堕威の身体に毛布をかける。台所にある長い机に京と心夜を座らせ蕎麦を渡した。全員が食べ始めてしばらく、母がゆっくりと箸を置きやんわりと笑みを浮かべる。引越し恒例の、儀式というやつが始まるのか。俺は小さく溜息をついた。 「はい皆箸置いてー」 「…」 「?」 「…“新しい家のおやくそく”やろ」 「はい心夜正解!皆にはお約束せなあかん事があります」 「はーい」 「堕威、声でかい」 「…」 「なん?」 「まず一つは“大きな声で騒がない”出来る?」 「…出来る」 「堕威、出来るんか?」 「出来るで!」 学校に行っていれば堕威は来年で小4になる筈だ。俺は小6。基本的に騒ぎたい盛の堕威は1番騒がしい。母が笑いながら堕威の顔を覗き込んだ。 「堕威が1番心配なんやで?前のおうちも堕威のせいで引越しなんせなあかん事なったんやから」 「…うん」 「心夜は出来る?」 「うん」 「京も出来る」 「はい、あともう一つだけ。“お外に出ない”出来ますか?」 「ベランダもあかん?」 「あきませーん」 「ママ、洗濯は?」 「あ、せやね…じゃあ心夜だけこっそりベランダに出ていいです」 「…」 「薫は勉強してな」 「うん、解っとるよ」 母は前髪を上げてまた独特の笑みを浮かべた。俺も小さく笑みを返して食べ終わった弟達に挨拶をさせ食器を片付ける。 まだ小学生にも上がらない(これもまた学校に行っていたらの話だが)心夜は他の弟達よりしっかりした子供だ。歳の割にどこか悟った喋りをするし人一倍気が利く。 その分口が悪くもあるのだが。 「なあ薫兄」 「なんや?」 「僕学校いきたい」 「…俺もや」 「でもな、ママあかんて」 「うん」 「やったら我慢せなあかんね」 「せやな」 「でも京くん無理やって」 「京はお兄ちゃんやのになあ」 「な」 シンクに落ちる洗剤の泡を見てふと思う。ただ犯罪者のように身を隠し生きていることに意味なんてあるのだろうか。 幼い俺にはまだよく解らないけれど 一瞬流れていく泡が何故か 俺達兄弟の姿に重なった。  どうしようもないくらいに、虚しい  
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