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――俺のお母さんが、世間一般で言うところの『シングルマザー』になったのは、俺がまだ小学生の頃だ。
父と母は、最初から仲が悪かったわけじゃない。
そうでなければ、結婚だってしないだろうし、俺たちだって生まれていないのだろう。
でも、それはあくまで俺の想像だ。
俺にとっての両親と言うものは、常に互いを嫌悪し、常に互いを敵視していた。
記憶にある父の姿は、母と姉に乱暴を振るい、俺を箪笥へ閉じ込める、最低の人間だった。
そして母はそれにひたすら耐え続け、俺と姉ちゃんを守ることに必死だった。
父が振るう暴力からは、率先して自身を犠牲にし、自分の子供だけは何があっても守ろうと言う、強い意志と、母親としての頼もしさを、俺はいつもその後姿から感じていた。
そして時は訪れる。
離婚届を突き出す父。
受け取る母。
しかし、あれだけの仕打ちを受けておきながら、母はそれに中々サインをしようとしなかった。
――私一人では、あなたたちに不自由をさせるかもしれないから。
女手一人で子供二人を育て上げる。
それがいかに大変なことか。
子供たちの望む生活はさせて上げられないかもしれない。
高校や大学に受験したいと言い出しても、それに応えられないかもしれない。
――痛い思いは、私が全て受ければいいから。
子の幸せの為ならば、自分が幾ら犠牲になっても構わない。
でも、違うのだ。
「僕は母さんと一緒に暮らす」
俺の幸せは。
「新しいゲームも、カッコイイ服も要らない。だから、お母さんはお父さんと別れてもいいんだ」
何より、母さんが幸せであることなのだから。
「うん。私たちの心配はしないで」
姉ちゃんも、俺と全く同じ気持ちで。
二人の子にそう言われた母は、ただ涙を流しながら、「ありがとう」と。そう口にした。
ただ一人、父親だけが、その光景を苦々しい顔で見つめていた。
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